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 松尾芭蕉
「奥の細道をたずねて:全行程2,400kmです。
今回は(富山)加賀(金沢)〜福井(越前)の句碑です。

伊賀国上野(三重県上野市)生まれ。
江戸時代の有名な俳聖
奥の細道の旅の途中、元禄2年(1689)
7月15日〜24日まで金沢に滞在した。
句会を開いたり、宮腰(金石)まで出掛けたりして過ごした。
芭蕉の句碑があっちこっちに見られる。
「松尾芭蕉・奥の細道」には
江戸(東京)〜仙台(宮城県)〜上越〜越中〜加賀〜
越前〜滋賀〜大垣(岐阜)と旅した記憶が記録されています。 
 
●北陸路の芭蕉句碑と芭蕉塚

北陸の句碑一覧表クイック
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  尼崎からのk2親子様
北陸の旅路写真


小松と伝所にて
源氏に仕え、後に平家の武将となった斉藤実盛の兜があることで知られている。

木曽義仲による実盛着用の兜奉納を記念して境内に作られた兜像
白髪に墨を塗っている姿。実盛の歳(73)を敵に知られたくない為、
白髪に墨で染め、若者に混じって戦に挑んだが、手塚太郎光盛に討たれた。
討ち取った首を首洗池で洗ってみると、黒髪はたちまち白髪に変わった。
首洗池(加賀市手塚町)
 
 境内にある斎藤別当実盛像
(右手に筆・左手に手鏡を握っている) 
 
  
「むざんやな甲の下のきりぎりす」の句碑」
「むざんやな甲の下のきりぎす」の句を詠んだ多太神社
 「あなむざん甲の下のきりぎりす」
菟橋神社(うばしじんじゃ):小松市浜田町
元禄2(1689)年7月24日(陽暦9月7日)、小松に着いた芭蕉。
  「しほらしき名や小松吹く萩すすき 

「安宅関」小松空港の近く(5分)には、「歌舞伎・能」勧進帳で有名
 平家討伐に功のあった源義経が兄頼朝の怒りにふれて奥州の藤原氏の元へ逃げのびる途中、
一行12人が山伏姿に身をやつし安宅の関を通ろうとして、関守富樫左衛門泰親に見とがめられ勧進帳の読みあげを命じられるが、贋の勧進帳を読みあげて難を逃れる。

「那谷寺」(小松市那谷町)
那谷寺は白山信仰の寺で、泰澄法師によって開創され、
自生山岩屋寺と名づけられた。
その後、さいこく三十三番札所を開いた花山法皇が那谷寺と名づけた。
(三十三番札所の最初の寺と最後の寺の一字ずつとって付けた。)
四季彩に染まる奇岩遊仙境・「護摩堂・大悲閣本殿・・・」等
重要文化財に指定されています。また、三尊石琉美園は名勝指定園です。
 芭蕉は8月5日(陽暦9月18日)小松に行く途中に参詣する。
養老元年(717)年 「石山の石より白し秋の風」

★「石山の石」の句の石山は、滋賀県「石山寺」のことです。

寺町・妙立寺(別名:忍者寺近くには願念寺成学寺があります。 
 
願念寺(小杉一笑・菩提寺 (金沢市野町)       
小杉一笑の菩提寺:芭蕉が金沢入りする約半年前に死去。
芭蕉は願念寺で追悼会の席で詠む

 写真右・芭蕉の句碑(一笑塚)
「塚も動け我が泣き声は秋の風」
 
永平寺名の由来:中国に仏教が伝えられた(1246)ときの暦号にちなんで「永平寺」と改称した。
「奥の細道」の中で、永平寺を訪れて次のように記しています。
 五十丁山に入て、永平寺を礼す。道元禅師の御寺也。邦機千里を避けて、かかる山陰に跡をのこし給ふも、貴きゆへ有りとかや。
 

福井市・朝倉義景の遺跡(戦国時代・古戦場)      金沢市・武家屋敷・(土塀通り・薦掛け)           金沢市・昔からの伝統の飴屋(俵や
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